神性と魔術

神性と魔術の関係。神性が覚醒するとき、あなたの心からの願いは宇宙意思により叶っていきます

神性と魔術

意志の力と神性の欠片について

カルマ浄化魔術神性とは、信仰者から高い尊敬を持たれ「聖なるもの」、神聖で聖いものと考えられています。信仰する宗教によって神性は変わってしまうことはありますが、一般的には超自然的であり超越的な不死の存在を認識することができるエネルギー体となります。神格と同一視されがちですが厳密には神の性質が神性であり神格とは違ってきます。
神性に秘められている力とは不死な意識を持ち、人間と同じ人格を有します。たとえば「願望」を持てば知的欲求も人間と同じとなります。人間の多様な人生のなかで生から死までの時間を支配すると同時に権威者として人間の魂を導く存在でもあります。
神性は時間と運命の支配者として人間に道徳や法律を与え、人間の最終的な審判に関わり天土地の創造主でもあります。

魔術思想での神性とは「宇宙意思」と「あなた」をつなげるここにある「意志」に秘められた「欠片」と考えます。つまり「神性の欠片」とは、あなたと宇宙意思をつなげる魂の一部なのです。神性は誰の心にもあります。ですから魔術は偶像を崇拝することはありません。崇拝する対象は自分自身であるからです。「神性の欠片」が目覚めるとき、あなたは全てのものを手にすることができるのです。

魔術はあなたの心を触発させることで秘められた「神性の欠片」を覚醒させるパワーでもあるのです。

神性に近づくために心を覚醒させる側面を持つのも魔術の特徴です。近代の魔術で「意志の力」が重視されているのは神性の欠片へのアクセスには意志の力が必要不可欠となるからです。しかし、「意志の力」で何かが出来ると言う訳ではありません。意志の力によって神性の欠片を呼び起こすことができるのです。それは物事を成就させる力を心に開化させることへつながっていきます。意志の力はあなたの心にある「神性の欠片」を呼び起こし宇宙意思である神性へのアクセスの扉を開く力を意味します。そして森羅万象を司る「宇宙の法則」にあなたの願望を合致させ成就へと導いていくのです。

中世ドイツのキリスト教神学者で神秘主義者であったマイスター・エックハルトは、「神との合一」と「神性の無」を説いて異端宣告を受けました。
「汝の自己から離れ、神の自己に溶け込め。さすれば、汝の自己と神の自己が完全に一つの自己となる。神と共にある汝は、神がまだ存在しない存在となり、名前無き無なることを理解するであろう」
被造物は神によって創造されることで初めて、その存在に神性が宿るものであって、被造物はそれ自体では存在すらできない純粋な無であると説きました。つまりは、神の創造物である人間は神から見放されることはない。人間を愛さずにいられないのが神と言っているのです。
「健康な尿」で例えられることが多いですが、尿が健康と言う言葉自体は尿が健康と言っているのではない。尿を生み出す生物が健康であるから尿が健康なのです。
被造物における「善き者」などもそれ自体が善いのではなく、「善性」がそれを生み出したから善いと言われる。神がそれを生み出したから被造物は善き者であることができ、知性を持つことができ、生きることができ、存在することができるのです。
そして、エックハルトは言う。
「最高の徳は離脱である。それは愛や慈悲や謙虚よりも貴い。愛することよりも離脱が高貴だというのは、愛が私に神を愛させるのに対し、離脱は神に私を愛させるからである。愛は神のためにあらゆるものを忍従する。離脱はあらゆる物から脱却し、神をみずからの内に迎え入れて神を神たらしめる。」

魔術での意志の力とは、誰もが心の中心に持つ神性の欠片を触発させ覚醒させることにあります。神とは宇宙意識そのもので大宇宙への同化により小宇宙である心は開花へと向かう。宇宙意識とあなたをつなぐものが心にある神性の欠片なのです。意志の力で神性の欠片を覚醒させることで、あなたの魂と宇宙意識はつながっていくのです。そして、宇宙の法則である宇宙意思へあなたの心を反映させていくのです。

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